cxcx | GANTZlabo_nexststory blog

cxcx

「げげぇ~」。
お互いにそう言い合った。同じタイプのバッシュを履いていたから。
寛一と美也はペアルックという発想ができないタイプの人間で、“ペアルック人間”と見なされるのがイヤだった。

以前、貫一と美也の間で以下のような会話があった。

「ペアルックってさ。最悪だよね」
「だよな!」
「なんかさ~、第三者がいると急に仲良くなる末期なカップってあんじゃん」
「あるある。俺と女房もそうだよ」
「えー、そうだったの?かわいそお~、、、」
「どっちが?」
「両方。。 んでね、ペアルック人間みると、そういう末期カップルだって思うんだよね。よくわかんないケド」

だから、お互いのアシックスファブレゲルスパークを見た瞬間、「げげぇ~」ってわけだった。たとえ色違いでも。

ところで寛一は妻子持ちで、美也は最近、意中の人に出会って結婚することになった。だから二人で会うのは今日で最後と決めていた。
「しっかし、なんであんた、アシックスなんて持っていたの?」
「体育館で履いてたんだけど古くなったんで下に下ろしたんだよ」
「かぁ~、、、運、悪~。」美也は、ジョッキをごくごくと飲み干す。
「で、どうなのさ、彼は?」と寛一は聞いた。
「すごくまじめでやさしいひと」さらりと美也は答え、「あんたと違ってね」と言い添えた。
「ばーかやろ」寛一は応じる。

結婚を控えた女に対する質問を寛一は並べてみた。それぞれ、
「螺子製造業」「グアム」「江古田」「長男」、、といった答えが返ってくる。
「そっか、しあわせっぽいね」と寛一は言うと、美也の左手の薬指に目を落とした。そこには真新しい銀色の指輪があった。
「もうすぐ、そこもペアルックだね」と寛一は言ってやる。
美也は寛一の視線の先をたどった。
「指輪?」
「そう。指輪もペアルックだろ? 美也の嫌いな」
「いいのよ、指輪は」と美也は左右の指を並べながら言う。
「なんで?」
「しょうがないから」と美也は言う。
その意味があまり深いニュアンスを漂わせない間で、美也は「あはは」と笑ってみせる。「飲もッ!」

飲み屋を出ると二人とも足許が危うかった。しんみりしない最後の飲み会。
「もお~、恥ずかしいからこっち寄ってこないでよ。ペアルックが歩いてるって後ろ指さされるでしょ~が」
「おまえこそあっち行け~」
「靴脱げ」「お前が脱げ」と言い合ううちに、顔寄せ合い、軽めの接吻を五秒間。
「アシックス、脱ぐとこ、行こうか?」寛一が美也にささやく。
「バカ」、と言いつつ美也は寛一に見えぬ角度で指輪を外した。











「キレイな、サヨナラは、いっせいのせ だと思うんだよ。」
と、寛一は天井を見上げて言う。呪文のように繰り返してきた言葉だ。
「お互いの気持ちがバランスよ~く、吹き上がらない程度に、テキトーにあった状態で、いっせいのせ だったっけ?」
「テキトーじゃ、可哀想だよ。せめて、まったり、とか言ってくれよ」
寛一は静かに手枕を外す。寛一は時計を見、シャツに腕を通した。
「もったいないね」美也はピアスをしながら、独り言のように言った。
「うん、もったいない。まだまだ進行中なのにさ。」
「贅沢者だよね」
「でもたくさん、使った」
「もったいねえな」
「もったいない」
二人は、互いの顔を見ないで靴紐を結んだ。

出ると、駅まで約12分。走って5分。何度も通った道。
私鉄に乗る寛一は、ここでサヨナラだ。
「じゃ」
握っていた手を、一瞬、同時に強く握り、同時に手を離した。ぬくもりは刹那残ってすぐ消える。
「あんたのmixiにさ、あったよね。『恋を失い、愛を得た。この暖かさは生涯失わないように思えた。』だったっけ?」
「ん?? 忘れた」
貫一はすぐウソをつく。ウソつきの忘れんぼうだ。
「あははは。じゃね」
「じゃ」




「ただいま」
寛一が家に帰ると、女房があくびしながら出てきた。
「おかえり」
寛一が、台所でガラスコップに水を注いでいると、「なあにこれ?」玄関の方で女房の声がする。
寛一は顔だけのぞかせる。女房はアシックスの靴底を見せる。
「バカ」とソコに書かれていた。
寛一は、「ははは」と笑った。言外に美也の意図を知ったからだ。
女房は「ルージュじゃないの。これ?」と険しい顔。
寛一は、「捨てちゃえ、そんなの。」と笑いを止めずに言った。寛一も美也もホントにペアルックが嫌いなのだ。寛一は、美也が、ペアルック指輪を捨てるところを想像してニマニマしてみたが、「思い出し笑い?」と女房ににらまれ、笑うのを止した。